苦し紛れの企業理念浸透活動

2015年7月21日火曜日


「企業理念の浸透」という言葉には、人を思考停止にさせる悪魔の力があると私は思っています。

誰しも、企業というものには企業理念は無くてはならないものであり、頑張って浸透させるといいことばかり起こるように思っていますよね。

そして、いつ何時(なんどき)でも、企業理念の浸透を社内に打ち出すことは正しいと信じて疑わない人が多いんですね。

ところが、経営者のコミットメントが中途半端だったり、タイミングを誤ると、よかれと思ってしていることがかえって逆効果ということも少なくないのです。

こうした現象を「パラドクス(逆説)」と言いますね。

やればやるほど悪くなる、という現象です。

組織の中には、こうしたパラドクスが随所に存在しますから、実に怖いものだと思います。

 

【苦し紛れの企業理念浸透活動】

しばらく前のことですが、ある企業の例をご紹介したいと思います。

N社は、業績の悪化が著しく、所謂リストラを断行し、事業計画の練り直し、組織構造の再構築、人事制度の再構築、といった建て直しを計る局面を迎えていました。

こうした局面で大切なことは、残る社員の皆さんの不安を取り除くことですね。

逆に言えば、希望を与えることとも言えます。

社員は経営者の何によって不安を解消し、希望を持つことになるのでしょうか。

アメリカの人事コンサルティング会社のケネクサは、エンゲージメント指数を上げる要因の第一として、「目指す未来の姿に対して自信を持って示す経営者」を上げています。

所謂「ビジョンを示す」ということですね。

最悪の状況の中で「目指す未来の姿に対して自信を持って示す」ことは至難であることは当然ですが、かといって流れに身を任せて行き当たりばったりの経営をしていては、社員の不安を増幅させるばかりです。

どんなに苦しい状況でも、やせ我慢でも、内心当てずっぽうでもいいから、「数年後に会社をこういう状態にする」と打ち出すことは経営者の一番重要な仕事でしょう。

N社はそれをしませんでした。

建て直しの施策を、ひとつひとつ淡々と打ち出していく日々が続いていました。

「もっともらしい数年後の姿を言っても、社員はかえって不安になるかもしれない」というのが社長の考えだったのです。

リストラによって人数が減った上に、起死回生を狙った高い目標とで、社員の疲弊感はいよいよ高まっていきました。

そういう状況の中で社長が言い出したのが「今こそ企業理念の浸透を」ということだったのです。

部長クラスが召集されて、「自分の部署で言えば企業理念の実現した状態というのはどういう状態を言うのか」を考えるように求められました。

そして、自分の言葉で社員たちに企業理念を語れるように、という宿題が出されて作文に時間を取られる日々が続きました。

それでなくても、上がる一方の目標に対して、なかなか成果が上がらず活動が徒労に終わっていた社員たちにとって、この「わけのわからない活動」は実に不評なものでした。

自分達の今の苦労が、いったい何に結びつくのか?

近い将来手に入れようとしているものは何なのか?

求める答えが、とらえどころのない「企業理念」に置き換えられている現象に、社員たちの蓄積された不満はますます大きくなっていきました。

社長の命を受けた部長達が、浸透を焦れば焦るほど「笛吹けど踊らず」の諺どおり、社員たちは白けていき、理念の浸透どころではない状況へと悪化していきました。

さらに問題なのは、社長が「今こそ企業理念の浸透を」と言い出しただけで、全てを部長達に丸投げしたことです。

企業理念浸透というのは、社長こそが旗振り役をしていく必要があります。

この事例のN社のように、ビジョンの提示こそが必要な時に、「社員が、今求めているものはもっともらしい絵に描いた餅ではなく“心”だ」などという打ち出しで、企業理念浸透を始めて失敗している例は少なくないのです。

苦しいときの企業理念浸透こそが、実は「もっともらしい」という枕詞をつけるべき行為なのだと私は思います。

151c8c535472db46a985a8923a3e2d4b_s