階層別研修を疑ってみる

2016年9月28日水曜日


様々なテーマでの研修依頼を頂きますが、そのほとんどが階層別研修です。

管理職研修、中堅リーダー研修、役員合宿、3年目研修…。

 

同じ階層同士で共通認識を持つことは重要です。

同じ立場だからこそ、同じ課題感を持っていることでしょう。

会社から求められることも、階層ごとに同じことが多いはずです。

自由参加型のスキル研修なんかでも、結果的には同じ階層で集まることが多くあります。

 

階層別で研修を実施する理由を挙げると切りがありません。

しかし、「研修=階層別研修」「教育体系=階層ごとの研修ステップ」と“無意識の前提”

生まれてはいないでしょうか。

そして、その“無意識の前提”が、本来の研修成果を阻害してしまっていることがあります。

 

昨今感じることは、階層別研修は同じ立場の人との目線をすり合わせることができる一方で、その目線に留めてしまうことです。

「自律的に動いてほしい」「経営視点を持ってほしい」「若手でもどんどん提案してほしい」という立場に囚われない言動を求めているはずなのに、「研修は階層ごとに」と枠に押し込めた発想で企画してしまっています。

 

また、様々な職場から受講生が集まる階層別研修は、異なる職場・職種からの意見を得られる交換できるとメリットがあります。

一方で、年代の違い、立場の違いから生じる意見の違いに触れることができません。

立場の違いによる視点・視野の違いが職場内で様々な問題の原因になっていることは誰しもが感じているはずなのに。

 

そして、研修が終わると、別々の職場に戻っていきます。

 

この「別々の職場に戻っていく」というのは、当たり前のことなのですが、実践を阻害するネックとなっていることにお気づきでしょうか。

「別々の職場に戻っていく」ということは、その職場に同じ気づき・学びを得た人がいない(少ない)ということです。

各職場でその研修での学びを活かしてもらいたいのですが、、、いかんせん恥ずかしいんですね。

その経緯を知らない人の中で、“急に”“変わる”ことが。

 

例えば、管理職研修でよい気づきを得られたとしても、急にマネジメントスタイルを変えることに抵抗があるのです。

たとえそれがプラスの変化であっても。

また、それはだいたいのケースで“職場の否定”のようにも映ってしまうのです。

 

ある管理職の人が叩き上げるマネジメントだったとして、研修で傾聴のマネジメントを学び、実践しようと思っても、自分の上司が何となく気になってしまうものなのです。

また、会話のない職場で育った若手社員が、同僚とのコミュニケーションの重要性を学んだとしても、実践が難しいことは想像しやすいでしょう。

職場の暗黙の了解を破るような感覚があるのです。

一時期ネット上で“不謹慎狩り”なるものが出たときの感覚にも似ています。

 

結局のところ、個々のマネジメントや、仕事の進め方、取り組み姿勢というのは職場の影響を大きく受けています。

ですので、本気で個人を変えようと思ったら、職場丸ごと共通認識を持たせることが重要です。

特に意識の面は。

 

そんな視点から、もっと各企業で実践しても良いなと思うのが、職場研修です。

階層別研修は、点を各職場にばら撒いていくイメージですが、職場研修は大きな球を作り出すイメージです。

 

職場のメンバーと同じ考えを共有できているという感覚が、気づきの実践を促進します。

自分がどう変わろうとしてくれているかを、職場のメンバーが理解してくれている感覚が変化を前向きなものにします。

 

マングローブで提唱するGOOD&MOREも同じなんですね。

良い考え方だと思って、実践しようとしてもなかなかそれが許されないような空気もあります。

しかし、職場の全員でGOOD&MOREの考え方を共有することができると、途端に取り組みやすくなります。

 

 

階層別研修は必要なことは事実ですが、階層別研修の呪縛があることも事実でしょう。

 

階層別研修、等級定義、肩書き、上司による評価。

組織運営上当たり前と思われている人事施策が、実は枠に囚われた人材を生んでいるかもしれません。

そして、こういった施策が縦の分業を加速させ、結果的に“縦のセクショナリズムを作り出しています。

 

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林 直人Naoto Hayashi
組織変革コンサルタントとして、教育研修プログラム設計や講師、企業理念構築・運用などに従事。