「飽きる」ことの重要性

2015年12月18日金曜日


「このプログラム飽きたなぁ」

「この講演内容飽きたなぁ」

うちの社長がよく口にする言葉です。

 

弊社の研修は、組織戦略や要望に応じてカスタマイズするので、パッケージというものがありません。

とは言え、効果が高いと感じるプログラムは他社でも活用することはもちろんあります。

そういう実績のあるワーク・講演内容の方が安定感もありますしね。

 

そういうもので何度も実施する機会が多くなってくると、社長が言うんです。

 

「飽きてきた」と。

 

弊社の社長は経営者であると同時に、トップコンサルタントでもあります。

そうなると、ファシリテーターとして研修現場に立つことも多いのですが、何回かやるとファシリテーター側が飽きてしまうそうなんですよね。

 

いや、同じ企業に何度もやっているわけではないですし、弊社独自で考えているプログラムなので、実施するクライアントとしては新鮮なんですよ。

 

でも、進行する側としては、何回か繰り返すわけで。。。

目をつぶってもできるという状態になると、面白みがなくなってしまうそうなんですよね。

 

私もファシリテーターを担うので、気持ちは分かります。

でもね、でもですね、同時に思ってしまうんです。

 

「問題もないところを改善するのは、また手間が掛かって大変なんですよ。

その改善の手を動かしていくのは、僕らなんですよ、社長!」

 

という9割は愚痴のような意見を。

 

そんな愚痴を思ってしまっているのですが、冷静に考えるとこれが弊社の強みでもあるんですよね。

 

「何も問題がなくても変える」

面倒であり、リスクもあるようにも感じますが、正解がなく、常に変化する組織・人事の世界では、ものすごく重要なことだと思います。

 

そして、『茹で蛙』の話じゃないですが、「何の問題もないな」っていう状態が既に安心、盲目というリスクを含んでいることが多いものです。

ゆで蛙②

 

先述した、「クライアントとしては新鮮なんですよ」というのも、もしかしたらクライアントの感覚に対して、私が盲目的になっている可能性があります

 

そして、「問題がないと変えない」文化は、「変えることを嫌がる」風土になっていきます

言うまでもなく、現状維持は楽なので。

 

 

会社によっては、新しいことを始めることに非常に慎重な企業、と言うか経営者や管理職がいます。

慎重になりすぎて、リスクが全くない状態になった時には、全く新しさのないものになっていたり、状況が変わってしまっていたりということがほとんどです。

 

そういう新しいことへのリスクに目を見開いている時というのは、現在進行形の問題に対しては目を瞑っているんですよね

(もちろん、エネルギー開発や自動運転車の開発とか、慎重にならなくてはいけない分野はたくさんありますよ。)

 

 

そんな事を考える中で、感じたことは、、「飽きる」というのは「進化」のための重要な感覚なのかもしれない、ということです。

 

「飽きる」ってどちらかというとネガティブな印象がありますが、そう感じるのは自然な感覚です。

むしろ、その感覚を大事にして何らかのサインと捉えるべきなのかもしれません。

そろそろ、「変化させたほうがいいぞ」と。

大きなことでなくてもいいと思います。

仕事のやり方を少し変えてみるとか、会う人を変えてみるとか、時間の使い方を変えてみるとか。

 

そういう個々の感覚から生まれる変化があちらこちらに生まれ、掛け合わさった結果がイノベーションと言えるものになるのではないでしょうか。

 

 

そんな社長による講演会はこちら。

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林 直人Naoto Hayashi
組織変革コンサルタントとして、教育研修プログラム設計や講師、企業理念構築・運用などに従事。